吉岡里帆、 実は偏差値70越えの持ち主だった!?出身校が超有名なアノ学校だと暴露され「あえて言わなかったの好感」「才色兼備じゃん」
2024/07/08

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女優の吉岡里帆が「おおさかシネマフェスティバル2023」の授賞式に出席し、映画「ハケンアニメ!」で主演女優賞に輝いた際、司会の浜村淳から出身高校について問われ、「高校バラしちゃうんですか!?」と驚く場面がありました。

嵯峨野高校は偏差値61~72とされ、京都府内の公立の中でも上位に位置する進学校で、毎年多くの生徒を京都大学に送り出しています。吉岡はこの学校を卒業後、京都橘大学に進学していますが、これは同大学に「書道コース」があるためでした。彼女は子供の頃から書道家を目指しており、その志を貫くために橘大学を選択したのです。

しかし、大学1年の時に友人の誘いで小劇場の舞台に立ち、そこで芸能界の道を選ぶ決断をしました。この思い切った決断がなければ、彼女は美人すぎる書道家として活動していたかもしれません。

浜村から出身高校をバラされる一幕があった吉岡ですが、普段のテキパキとした受け答えや聡明な振る舞いから、彼女が超難関校出身であったことも納得できます。これまで出身校を明かさずに活動してきた彼女の株は、この出来事で一段と上がったことは間違いありません。

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ネットから上記の内容への見解:

吉岡里帆さんが出身高校について触れられた一幕、一見すると微笑ましいエピソードですが、私はそこに潜む根深い価値観に疑問を覚えず得ません。浜村淳さんの驚き、記事の「美人すぎる書道家」といった表現、そして「株が上がった」という評価。これらは、女性に対する偏見や学歴社会の歪みを如実に表しているのではないでしょうか。

まず、なぜ出身高校がそれほど重要視されるのでしょうか。それは、学歴がその人の価値を測る尺度として、いまだに根強く機能しているからです。嵯峨野高校というブランドが、吉岡さんの努力や才能とは無関係に、彼女の価値を「一段と上げた」と評価される現状は、まさに学歴社会の縮図と言えるでしょう。

また、「美人すぎる書道家」という表現には、女性に対するルッキズムと職業差別が見て取れます。書道家という職業に、美しさは必須条件ではありません。にもかかわらず、美しさという尺度で評価されるのは、女性に対するステレオタイプが影響していると言わざるを得ません。吉岡さんは、自身の努力で女優としての地位を築き上げてきたはずです。それを、「美人すぎる」というレッテルで矮小化することは、彼女の実力に対する侮辱でもあります。

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さらに、吉岡さんがこれまで出身校を明かさずに活動してきた背景には、学歴というレッテルだけで判断されたくないという思いがあったかもしれません。それにもかかわらず、彼女の意図とは関係なく出身校が公表され、評価の対象となってしまったことは、非常に残念なことです。

私たちは、個人の価値を表面的な属性だけで判断するのではなく、その人の内面や努力を見つめる必要があります。吉岡さんのエピソードは、私たちが当たり前のように受け入れている価値観に潜む問題点を浮き彫りにしています。 

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